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キライよキライきらい嫌いキライ
「あんたなんてだいっきらいなんだからねっ!」
彼女の怒声が鳴り響く。嗚呼、煩いったらありゃしない。僕は最初から愛なんて求めていなかった。愛して、なんて一言も言ってないし、愛してる、なんてことも一言も言っていない。すべては彼女の勘違いから始まったんだ。それなのに、どうして彼女はこんなにも髪を逆立て怒り狂っているのだろうか。謎だ。
だから、僕は「なんで?」と訊ねた。すると、彼女はまた金切り声をあげて怒り狂う。
「うるさいうるさいうるさいっ! あんたなんか大嫌い!」
嗚呼、まるで君は壊れた人形のようだ。醜く儚く、そして脆い。すぐに涙を浮かべる。すぐにそのツインテールの金色の髪を揺さぶる。嗚呼、まるで惨めだ。僕は久しぶりに彼女の爛れた肌に触ろうとした。すると、彼女はぴしゃりとその手を叩き払った。
「さわらないでさわらないでさわらないで……」
まただ。また、こうして僕を拒絶する。勝手に愛していたのは君のほうなのに。僕は愛して、など、いない、のに。
嗚呼、こんなに涙が毀れるのはどうしてだろう。何かをいおうにも口が動かない。君の肌はどんどん爛れていく。嗚呼、とても醜い。あの可愛らしい顔はどこにいってしまったのだろう。大きな瞳に可愛らしい口と鼻。嗚呼、今すぐにでも取り替えたいよ。
「キライよキライきらい嫌いキライ」
「あんたなんてだいっきらい」
「もう近くに寄ってこないで」
「静かに壊してよ」
「もう、あたしを……」
君は君は、僕の可愛い人形。
たぶん、愛していたのは僕だった。
だから、今はこうして抱きしめているのだと思う。
例え爛れていたとしても君は僕のものだから。
勝手に嫌われても、僕が勝手に愛してあげる。
「すき、」
嗚呼、どうしても嫌がるようなのならば、この手でいつか葬り去ってやろう。
君の肌はひどく爛れている。だからなんだというのだろう。
ホラ、皮をひとつ剥くと新しい肌が。それと同時に君の金切り声。だけど、可愛くなってるよ。ほらほらほら……。
「もうすぐで、元に戻るよ」
そしたら、また、屈託の無い笑みを浮かべて遊ぼうね。
fin
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狼少年と美少女(、の最悪なスタート)
昔々のある時代。あるところに一人の少年が住んでいました。釣り目でいかにも悪餓鬼といった風貌です。その少年の名前はジョニーと言いました。彼は一匹狼と言われており、農夫の一人息子でもありました。大事に育てられている、といつも言われますが、彼はいつも怒られてばかりです。誰かを怪我させて両親を呼ばれたり、悪事を働いているので先生からの評判も、親からの信頼もありません。勿論、愛情なんてもの一切判らなかったのです。
しかし、彼は或る日、一人の少女と出逢いました。その少女の名はアニーといい可愛らしい美少女でした。ファンシーなものが似合う、とてもとても暴力的な行為とは離れた清純な少女。そんな子が隣に越してきて、しかも翌日には転校してきたのです。ジョニーの心は段々とアニーに惹かれていきました。話したことすらないのに見ているだけでドキドキしてしまうのです。
今日は学校が休みの日です。ジョニーは暇そうに原っぱに寝転んでいました。眼下に広がる大自然はもううんざりするくらい見たし、遊ぶ友達だっていない。彼は咥えていた草をぺっと吐き出すと視線を羊から空に移しました。青空の中で揺らめいている雲。風に吹かれゆれている草木はとても清清しい気分にさせます。ゆっくり瞳を閉じようとすると、何か人影が映ったような気がして、ジョニーはもう一度瞳を開けました。すると、木にぶら下っている少女がいたのです。普段なら放っておきますが、彼はとてつもなく顔を赤らめ声をひっくり返しながら尋ねたのです。
「ちょ、ちょ、ちょっ!」
少女は額に汗を掻きながらも、引き攣り笑いを浮かべ「こんにちは」と軽やかに言い放ちました。ですが、次の瞬間、彼女の腕にも限界がきたのでしょう。そのまま落ちていってしまいました。ジョニーは頭が真っ白になりました。気づいたら、アニーをお姫様抱っこをして家へ連れて行こうとしている最中でした。
(何やってんだろう)という後悔が生じましたが、今は彼女を安全な場所へ連れて行くことしか考えていません。アニーは最初は抵抗しようと思いましたが、優しいその気持ちに少し甘えました。少し足首を痛めて歩けなくなったと言うのもありますが、ただ彼の胸と腕に体を預けるのもありえなくはない、と思ったのです。
ベッドの上。大袈裟にアニーの足は固定されていました。最初は黙っていた二人でしたが、段々と包帯が巻かれていくに従ってアニーは泣きそうな瞳で足首を指差しました。
「不恰好! しかも、ただ捻っただけなのになんでこんなに……」
「しょ、しょうがないだろっ! 怪我したお前が悪い」
「な、なによぉっ」
といい、膨れっ面をしました。そこで二人の会話が途切れてしまいます。二人とも罰が悪そうに俯くだけで顔を見合わせようともしません。すると、壁にかけてあった鳩時計が可愛らしく鳴り響きます。時刻はもうすぐで夕刻を指そうとしています。アニーははっとした表情になり、ベッドから飛び下りました。痛みに少し顔を歪めましたが、一言大きな声で置いて行きます。
「あっ、あたしの門限五時だから。もっ、もう帰るから。じゃね、ジョニー君」
とすぐさま風のように走り去っていきました。ジョニーは引きとめようとしましたが、彼女の速さにはついていけそうもないので諦めてふっと溜め息をつきました。暫くの間項垂れていると、彼女が通っていた道をふと見つめます。
「足が痛かったんじゃねーのかよ……」
髪を掻いてから、先程まで彼女が寝ていたベッドにうつ伏せに飛び込みます。彼女の甘酸っぱい匂いが鼻を刺激し、彼の頭も刺激していきました。天井を見つめると、浮かぶのはアニーの赤らんだ顔や笑った表情です。ジョニーは一気に恥ずかしくなり、「ああっ!」と叫びながら枕を壁に投げつけました。まだ胸の中のむしゃくしゃが消えないので一発ベッドに拳を突きつけます。すると、何時ごろか帰ってきた親がいきなり扉を騒々しく開けて怒鳴り散らします。
「静かにしてよっ! あんた、弟ができたこと忘れたの?」
「あー、すんませんでした」
起き上がったと思いきや、すぐにベッドの中に潜り込みそのまま瞳を閉じました。煩かった親も呆れたのかすぐに後退していきました。扉が閉まる音と同時にジョニーは眠りに落ちました。
.
「ふっざけんなあああああああああっっ! だれがあんな女なんかと一緒にいくかよっ!」
あれから一週間後、色々なことがあり、アニーとジョニーは親密な仲になりました。すると同時に彼の恋心も萎れていきました。というのも、アニーがジョニーよりも腕っ節が強く男勝りだったからです。犬猿の仲となった今では一緒に学校へ登校、なんて恐れ多いことのひとつなのであります。いつサバイバルが起きてもおかしくない、そんな状態なのです。
けれど、親はそんなこと分かっちゃありません。誰とも仲良くしようとしなかったジョニーが、友達を、しかも女の友達を家に連れ込んできたのですから嬉しいにもほどがありません。
朝から喧嘩をしていると、呼び鈴がいいタイミングで鳴り響きました。母は人が変わったように「はーい」という声を出します。ジョニーはトーストを食べながら、小さな椅子に座っており、且つ隣にいる弟とじゃれあおうとした。其の時です。
「ジョニーっ! アニーちゃんが来たわよーっ」
「一緒にいこーっ。あたしたち、たった二人の友達じゃない?」
蒼褪めた顔、笑っている弟、悪魔の笑みを浮かべている女。
最悪な二人の関係が始ろうとしています。
(fin)
しかし、彼は或る日、一人の少女と出逢いました。その少女の名はアニーといい可愛らしい美少女でした。ファンシーなものが似合う、とてもとても暴力的な行為とは離れた清純な少女。そんな子が隣に越してきて、しかも翌日には転校してきたのです。ジョニーの心は段々とアニーに惹かれていきました。話したことすらないのに見ているだけでドキドキしてしまうのです。
今日は学校が休みの日です。ジョニーは暇そうに原っぱに寝転んでいました。眼下に広がる大自然はもううんざりするくらい見たし、遊ぶ友達だっていない。彼は咥えていた草をぺっと吐き出すと視線を羊から空に移しました。青空の中で揺らめいている雲。風に吹かれゆれている草木はとても清清しい気分にさせます。ゆっくり瞳を閉じようとすると、何か人影が映ったような気がして、ジョニーはもう一度瞳を開けました。すると、木にぶら下っている少女がいたのです。普段なら放っておきますが、彼はとてつもなく顔を赤らめ声をひっくり返しながら尋ねたのです。
「ちょ、ちょ、ちょっ!」
少女は額に汗を掻きながらも、引き攣り笑いを浮かべ「こんにちは」と軽やかに言い放ちました。ですが、次の瞬間、彼女の腕にも限界がきたのでしょう。そのまま落ちていってしまいました。ジョニーは頭が真っ白になりました。気づいたら、アニーをお姫様抱っこをして家へ連れて行こうとしている最中でした。
(何やってんだろう)という後悔が生じましたが、今は彼女を安全な場所へ連れて行くことしか考えていません。アニーは最初は抵抗しようと思いましたが、優しいその気持ちに少し甘えました。少し足首を痛めて歩けなくなったと言うのもありますが、ただ彼の胸と腕に体を預けるのもありえなくはない、と思ったのです。
ベッドの上。大袈裟にアニーの足は固定されていました。最初は黙っていた二人でしたが、段々と包帯が巻かれていくに従ってアニーは泣きそうな瞳で足首を指差しました。
「不恰好! しかも、ただ捻っただけなのになんでこんなに……」
「しょ、しょうがないだろっ! 怪我したお前が悪い」
「な、なによぉっ」
といい、膨れっ面をしました。そこで二人の会話が途切れてしまいます。二人とも罰が悪そうに俯くだけで顔を見合わせようともしません。すると、壁にかけてあった鳩時計が可愛らしく鳴り響きます。時刻はもうすぐで夕刻を指そうとしています。アニーははっとした表情になり、ベッドから飛び下りました。痛みに少し顔を歪めましたが、一言大きな声で置いて行きます。
「あっ、あたしの門限五時だから。もっ、もう帰るから。じゃね、ジョニー君」
とすぐさま風のように走り去っていきました。ジョニーは引きとめようとしましたが、彼女の速さにはついていけそうもないので諦めてふっと溜め息をつきました。暫くの間項垂れていると、彼女が通っていた道をふと見つめます。
「足が痛かったんじゃねーのかよ……」
髪を掻いてから、先程まで彼女が寝ていたベッドにうつ伏せに飛び込みます。彼女の甘酸っぱい匂いが鼻を刺激し、彼の頭も刺激していきました。天井を見つめると、浮かぶのはアニーの赤らんだ顔や笑った表情です。ジョニーは一気に恥ずかしくなり、「ああっ!」と叫びながら枕を壁に投げつけました。まだ胸の中のむしゃくしゃが消えないので一発ベッドに拳を突きつけます。すると、何時ごろか帰ってきた親がいきなり扉を騒々しく開けて怒鳴り散らします。
「静かにしてよっ! あんた、弟ができたこと忘れたの?」
「あー、すんませんでした」
起き上がったと思いきや、すぐにベッドの中に潜り込みそのまま瞳を閉じました。煩かった親も呆れたのかすぐに後退していきました。扉が閉まる音と同時にジョニーは眠りに落ちました。
.
「ふっざけんなあああああああああっっ! だれがあんな女なんかと一緒にいくかよっ!」
あれから一週間後、色々なことがあり、アニーとジョニーは親密な仲になりました。すると同時に彼の恋心も萎れていきました。というのも、アニーがジョニーよりも腕っ節が強く男勝りだったからです。犬猿の仲となった今では一緒に学校へ登校、なんて恐れ多いことのひとつなのであります。いつサバイバルが起きてもおかしくない、そんな状態なのです。
けれど、親はそんなこと分かっちゃありません。誰とも仲良くしようとしなかったジョニーが、友達を、しかも女の友達を家に連れ込んできたのですから嬉しいにもほどがありません。
朝から喧嘩をしていると、呼び鈴がいいタイミングで鳴り響きました。母は人が変わったように「はーい」という声を出します。ジョニーはトーストを食べながら、小さな椅子に座っており、且つ隣にいる弟とじゃれあおうとした。其の時です。
「ジョニーっ! アニーちゃんが来たわよーっ」
「一緒にいこーっ。あたしたち、たった二人の友達じゃない?」
蒼褪めた顔、笑っている弟、悪魔の笑みを浮かべている女。
最悪な二人の関係が始ろうとしています。
(fin)
歪んだのは世界じゃなく僕の視界に映る君の口元
何時からだろう。彼が私を見て不適な笑みを浮かべるようになったのは。私が一体何をしたのだろうか。嗚呼、貴女は何も言わず私を睨みつけるばかりなのですね。その度に胸が締め付けられるのは何故なのでしょうか。嗚呼、貴女は一体私に何を告げようとしているのでしょう。
彼は私を酷く高く蹴り上げた。心臓にまで響くその痛みに堪え切れなかった私は思わず黄色いものを口から吐き出した。床には私が吐いた物が残っている。すっきりした、そう思ったのも束の間で彼は口元を吊り上げながら私の頭い平手を食らわす。けれど、その一撃は先程と比べて余り酷いものではなかった。寧ろ愛されてるって感じた。病んでいる、そう一言で片付けられる程、私の心は彼に陶酔仕切っていた。でも、なんで一回も口付けをしてくれないの。貴女が私に与えるのはいつも罰ばかり。だから、私はぐちゃぐちゃの肉体で、一本しかない歯で、醜い身体で訊ねた。
「あたしのこと愛してる?」
彼は身を震わせた。こんな小屋の中にいるせいね、酷く寒いでしょう。そんなに薄着では困るものね。私は拘束されている筈の手を無闇に動かそうとした。けれど、そんなに甘くはいかない。必死に箪笥に出向こうとしても身体は言うことを利かない。御免なさい、また貴女を寒がりの中に取り残してしまうことになってしまう。
「ああ、勿論さ。愛してる」
けど、貴女はまた私を殴りつける。もう止めて、嗚呼そんなこと言えないの。之が貴女の愛情表現なら幾らでも受け付けてあげる。
私は愛してるから、愛してるから。貴女の望むことなら何でもしてあげるの。暴力は一つの愛情。そう教えてくれたのは貴女なの。だから、自由になったら次は貴女をこうしてあげるわね。
私は殴られているのに口角をあげる。何故、貴女はそうやってうろたえるの。私が怪しい笑みを浮かべたらそうやって貴女は何故恐ろしそうに身を震わせるの。
貴女と私の世界は何時でも歪んでる。そうして、私達の世界は成り立っている。どちらかが正常になったら秩序は乱され崩れ去ってしまう。
貴女が行為に飽きた時は、私が同じようなことしてあげる。だから、待っていてね。もう少しで貴女の世界を狂わしてあげるから。
不適に笑った私の顔が彼の瞳に冷たく映った。
(Thanks! 東風様)
彼は私を酷く高く蹴り上げた。心臓にまで響くその痛みに堪え切れなかった私は思わず黄色いものを口から吐き出した。床には私が吐いた物が残っている。すっきりした、そう思ったのも束の間で彼は口元を吊り上げながら私の頭い平手を食らわす。けれど、その一撃は先程と比べて余り酷いものではなかった。寧ろ愛されてるって感じた。病んでいる、そう一言で片付けられる程、私の心は彼に陶酔仕切っていた。でも、なんで一回も口付けをしてくれないの。貴女が私に与えるのはいつも罰ばかり。だから、私はぐちゃぐちゃの肉体で、一本しかない歯で、醜い身体で訊ねた。
「あたしのこと愛してる?」
彼は身を震わせた。こんな小屋の中にいるせいね、酷く寒いでしょう。そんなに薄着では困るものね。私は拘束されている筈の手を無闇に動かそうとした。けれど、そんなに甘くはいかない。必死に箪笥に出向こうとしても身体は言うことを利かない。御免なさい、また貴女を寒がりの中に取り残してしまうことになってしまう。
「ああ、勿論さ。愛してる」
けど、貴女はまた私を殴りつける。もう止めて、嗚呼そんなこと言えないの。之が貴女の愛情表現なら幾らでも受け付けてあげる。
私は愛してるから、愛してるから。貴女の望むことなら何でもしてあげるの。暴力は一つの愛情。そう教えてくれたのは貴女なの。だから、自由になったら次は貴女をこうしてあげるわね。
私は殴られているのに口角をあげる。何故、貴女はそうやってうろたえるの。私が怪しい笑みを浮かべたらそうやって貴女は何故恐ろしそうに身を震わせるの。
貴女と私の世界は何時でも歪んでる。そうして、私達の世界は成り立っている。どちらかが正常になったら秩序は乱され崩れ去ってしまう。
貴女が行為に飽きた時は、私が同じようなことしてあげる。だから、待っていてね。もう少しで貴女の世界を狂わしてあげるから。
不適に笑った私の顔が彼の瞳に冷たく映った。
(Thanks! 東風様)
ダッシュ奪取ダッシュ!
「な、なんですの。貴女っ。全く無礼にもほどがありますわっ」
一人の少年が豪奢なドレスを身に纏った少女をお姫様抱っこをしながら道路を駆けていく。周りからの視線は相当痛く冷たく彼の心に刺さっていく。少年は半泣き状態で奔りながら叫んだ。
「お、おれだってさっぱりだぁっ」
.
漸く彼等は止まった。貴族のような格好をしている少女は長い髪の毛を靡かせ、正座をしている少年を簸たと睨みつけている。其れは軽蔑的で攻め立てているようであった。しかし、彼等、両者とも口を開こうとはせず睨みあいを続けていた。彼等がいるところは人通りが少ない道路で怪しい通りと評されている。冬場は冷たく、夏場では熱いアスファルトも、じめじめとした六月の気候であると丁度良い。なので、少年は礼儀ただしく其処に座っていた。
約十分ほどであろうか。睨みあいには終止符が打たれた。少女が物凄く深い溜め息をつき、緊張感を緩ませた。しかし、その軽蔑的に見下す視線は変わらない。少女は大きく口を開けハキハキと喋る。
「貴女は何故あたくしを連れ去ったのです。……全く此処は何処なのですか?」
「ちょ、待てよ。空から降ってきたのは他でもないお前だ。して、黒服の男達も共に落ちてきて……。気づいたら追っかけられてたんだっ」
気持ちが高ぶってきたのか、胸の辺りを掴みながら甲高い声で叫ぶ。少女は不快そうに耳を塞ぎ自身より遥かに身長の高い少年の足を無造作に蹴った。恐らく、歳も五歳ほど離れているだろう。少年は蹴られた足を抱えてその場に蹲った。
そして、少女は堂々と鼻を鳴らして腕組をし少年に負けず劣らずの大きな声を出した。
「違いますわね。あたくしの写真が野蛮な建物に貼られていましたわ。……あたくしは賞金なのでしょう」
少年は驚いたように目を見開く。一言も言わない彼に、少女は酷く落胆した。そして、「貴女もそうなのですね」とその場で泣き崩れる。少年は行き成りの彼女の態度に酷く困惑した。このとき、如何すればいいのかとあたふたするばかりであった。
彼は少女と同じような深い溜め息をして、本当のことを話し出した。勿論、幼い彼女にも分かるように、だ。
「君はこの国で言ったら確かに賞金だ。空から降ってきたものは賞金に課せられる。この住民、皆伝説だと思ってたさ……」
小さい声で呟きながら話を続ける。その真剣な瞳に少女は不思議と釘付けになっていった。
「君が行き成り現れたんだ。空から。すっと。俺は金が欲しかった。だから……」
続けようとする少年の唇にすっと白く細い人差し指を当てる。そして、首を横に振る。彼は吸いかけた息を一気に吐き出し、一点の雲を見つめる。流れ行く雲はいつもとかわりがない。けれど、一人の少女によって彼の人生は大幅に変わろうとしているのである。
少女は一気に立ち上がり、分厚いドレスを脱いだ。少年は一体何が起こっているのかが分からなく瞬きをする外なかった。腕が露出される。少年はぎゅっと瞳を瞑ろうとした瞬間、彼女は下に質素なワンピースを着用していた。
「貴女のお名前は?」
少女が手を差し伸べながら尋ねる。
「小竹拓海……」
「タクミ……。あたくしはユズですわ。姓は御座いません。それでは、参りましょう。タクミ」
拓海はユズに気に入られた。その事を拓海は全く分からなかった。
しかし、走ることしか彼には残されていない。
今度は手を繋ぎ、彼等は其処を後にした。
(Thank! 時梅様)
白馬の王子様が迎えに来てくれる
「そういえば、片岡が実験中に怪我をしたとか……」
岸野は口に含んでいたコーヒーを噴出した。其処には新米の教師しかいなかったので、無礼ではなかったが、其れは誰が見てもはしたない行為であった。
片岡蜜柑、其れが岸野の秘密の彼女の名前であった。岸野は二十五歳と言う若さだが、教員免許を容易く習得してしまった。女生徒の中にはとても人気で「爽やかな好青年教師」というレッテルを貼られていた。確かに表面は爽やかな好青年を装っているが、裏では腹黒く態度が悪い元不良だったりもするのだ。
とある切欠で、本当の自分を蜜柑に見つかり、一週間と言う短い期間を経て、彼等は付き合うことになったのだ。だが、其れは誰にも言ってはいけないことだった。教師と生徒の恋というのは、世間体から見れば禁断であり下品な好意であるのだ。
下の名前で呼ぶのは禁止、学校の外で会うのも禁止、他の生徒よりも贔屓するのは禁止。という規律を二人は作った。
しかし、今の岸野の心の中に余裕はなかった。大切な人である生徒が理科の実験で怪我をしてしまったのだ。例え、心が冷え切った彼でもこの事件となると落ち着きがなくなる。周りの教師達は「汚いですよー」と言いながら彼に冷たい視線を浴びさせる。
「す、すません……。ちょ、ちょっと保健室行ってくるわ」
煙草を口に咥えてそのまま走り去っていった。大柄な岸野でもそのときは何故だか周囲の人達には小さく見えてしまった。薄々感づいていた教師達は其れを噂にしようとはしなかった。
教師が噂を立てるなど前代未聞であるし、下らないことで生徒の成績を落としたくない。それに第一は後の岸野の行動が恐ろしいからである。
そんな教師達の思いも知らないで、岸野は一生懸命に廊下を走っている。途中で生徒に会っても速度を落とそうとはしない。誰かにぶつかりそうになっても謝ろうともしない。ただ、愛する彼女の元へ。
運動をしていなかったためか、直ぐに息が上がってしまった。呼吸を整えてから質素な扉を恐る恐る開けた。すると、其処には養護教員だけがいた。扉を閉めようとしたが、書類を書いていた彼女は下だけを向きながら無愛想に「片岡さんは其処にいますよ」と真っ白なベッドの集団へと指を差す。
「有難う御座います」
と、引き攣った笑いで応答し、ゆっくりと其処へと向かった。無愛想で干渉しない彼女だが、傍観者の立場にいるので学校の秘密はお見通しらしい。しかし、喋りもしないので彼女が知っている秘密は漏れないようだ。 白いカーテンを開けると、堅く瞳を瞑っていた蜜柑の姿があった。其れはなんとも可愛らしく、中学生のようなあどけなさがそこにはあった。しかし、彼女は列記とした高校二年生である。岸野は頬を抓り強引に起こした。
「いたっ。……あ、お早うです。岸野先生」
「お早う」
気がつくと、保健室は蜜柑と岸野だけの空間となっていた。そんな状況だったので暫しの沈黙が流れる。右腕を見ると、其処には沢山の包帯がしてあり、故意的にやられたものだと岸野は察した。
そして、強引に右手を握る。すると彼女は顔を歪め小さな消え入りそうな声で「止めてください」と呟いた。すると、岸野は今までにないような怒鳴り声を上げた。
「やめろじゃないだろう。誰にやられたんだっ、これはっ」
蜜柑は大人しくなった。しかし、一切口を開こうとはせずに貝になってしまった。またもや強引に聞き出そうとしたが、今にも泣きそうな表情に一瞬息を止めた。そうして、手の力を抜いてそっと優しく、小柄な彼女を抱きしめた。
「御免な……。俺のせいだよ、お前が怪我したのは」
「違います。わたしがちょっとドジ踏んだだけですから、ね」
蜜柑は嘆き悲しんでいる子供を慰めるように彼の頭を優しく撫でている。そんな時間が少しだけ続き、岸野はやっとのことで俯いていた顔を上げて彼女の愛しい笑顔を見た。
すると、一つの質問が脳裏を過った。
「なんでベッドになんかに寝てたんだ?」
「えとー、白馬の王子様が迎えに来てくれるって思ってたからです」
赤らんでいる蜜柑の顔はまるで、林檎に真っ赤だ。そんな彼女が愛しくて心の中が満たされつつある岸野はもっと強く彼女を抱きしめた。
蜜柑は顔を歪めなかった。ただ、笑みを浮かべてその幸せな瞬間を受け止めていた。
――そんな昼下がりの平和な一時。