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ダレンの育児日記
僕はふと目が覚めた。いやな予感がして、ふと目が覚めてしまった。
ホテルなのですぐに冷蔵庫に手を伸ばせば、いくら喉が渇いていても飲めるといった、便利な機能つき。
だが、生憎牛乳しか入っていなく、仕方が無いのでコップを使わず、ラッパのみをした。クレプスリーが起きていたらきっと怒られていただろう。
カーテンを勢いよく開けた。それが、何時もの日課となってしまっている。子供の頃からの癖で、いつも「うーん……」と唸り声を上げるクレプスリーの声で閉めるのだが、今日は何故か唸り声が聞こえない。しかも、クレプスリーの気配が全く感じられない。まあ、何時ものことだしそれは気にしないことにした。しかし、まだ深夜だということには驚いた。もしや、一時間たりとも寝ていないのかもしれない。時計を見るとまだまだ一時を差している。
だとすれば、クレプスリーは起きている筈で……。
思考を働かせていると、服の裾を強く引っ張られた。何かと思い、見てみると其処には五歳くらいの男の子が立っていた。オレンジ色の髪が一面に生えており、何処かの誰かさんとは対照的だ。ぼくは不思議に思い、自分より遥かに小さな男の子の頭を撫でた。すると、男の子は何を血迷ったかぼくの手を叩いたのだ! そして、クレプスリーのような瞳をし訴えかけてきた。
「師になんと失礼なっ! 手下の癖に……、お前をそんな下等な人間に育てた覚えはないぞ」
「手下とか……。というか、君は何処から入ってきたの? お母さんは? お父さんは……」
「何を口走っているのだ。我が輩を小さな子供のように」
「だって、君子供でしょ? 大人なわけないよ。さあ、此処から出て行って」
と言いかけると、とてつもない力がぼくにのしかかる。男の子はぼくを押し倒していたのだ。
今にも殴ろうとしている。守ろうとしてももう遅い。ぼくは屈辱的なことを味わうことになるのだ。
きゅっと目を瞑り暴行を待ち構えていたら(そうするしかなかったのだ)、拳が当たる感触がない。殴るのを止めたのか、すっと体も軽くなる。
瞳を開けると腕組をしながら左頬の傷を引っかき、外の街を見ていた。その姿はまるでラーテン・クレプスリーのようだ。
「もしかして、クレプスリーだったり……」
「今頃気づいたのか。我が輩はお前をそんな鈍い男に育てた覚えは無いぞ」
きりっと睨む姿はクレプスリーそのもの。見れば見るほど、クレプスリーに見えてきて思わず噴出してしまう。
いやな予感というのはこういうことだったのか……。五歳の彼を見るとなると、今まで以上に大変になるかもしれない。
例えば、戦闘のときはぼく一人で戦わなければならないことになる。五歳の彼は人間以上に力があるとしても、戦力にはならないのは確かだ。油断させることは出来るが。
と、そんなことを考えるよりまずは、何でクレプスリーがこんな愛らしい姿になったのかを知らなければならない。子供の頃は、不細工ではなく本当に可愛かったということを思い知った。
「で、何でクレプスリーはそんな姿になっちゃったわけ? 魔法とか非現実的なこと有り得ないし……」
「お前への試練だろう。誰が与えた試練かは分からんが」
「全く迷惑な話だよ。この先、ぼくが結婚して子供が出来るなんてことはないしさ」
クレプスリーは浅く頷き、外の街からぼくに視線を移した。
「之からは、お前が我が輩の父親の存在となるのか」
「えっ、嫌だよ。ていうか、クレプスリーバンパイアだし、昼間に外へ出るチャンス無いじゃんか」
「子供になる期間だけ、人間として許された。視覚も嗅覚も鈍くなってしまった。だから、昼間へ外に出ることも可能になり、一緒にショッピングが出来る……という結論に達しないかね? シャン君よ」
やはり静まった夜には何の声も通ってしまうのだ。闇の恐ろしさ、というのを改めて感じたぼくであった……。口調は変わらない。
例え、ぼくより背が小さくて愛くるしい姿をしていたとしても、この胸の怒りと言うものは抑えられない。
「いやだ!」
ぼくの声はホテル中……いや、この世界中響き渡っただろう。
fin
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C'est encore demain
「あー、アニィー……」
俺は今更ながら後悔をしている。彼女と付き合ってしまったことや、彼女を愛してしまったこと。裏切ったこと。そして、幸せにしてやれなかったこと。自分への苛立ちが日に日に増していっているような気がする。頭に手を当てると、知恵熱を出しているようで熱い。
けれど、仕事をさぼっているように見えてしまう(何時もの俺の態度は不真面目だから)ので、ガネンに頼んだ。
「熱出たっぽいから体温計ないか?」
「……スティーブ、いつまで貴女はそうやって駄々を……」
「あー、すみませんっ。もうアニーのことは忘れますっ」
こいつに懇願したのが悪かったと思い、俺はすぐさま踵を返した。俺は子供の頃から変わっていない。我儘で自己中心的で直ぐに嫉妬の炎を燃やして、自分も相手も傷つけてしまう。そんなの重々分かっている癖に、ブレーキがかからない。
けど、ブレーキがかからなくなったのは、ダレンのせいだと感じている。あいつは俺以上に他人を裏切った。今だってアニーに何も打ち明けずに、バー・ホーストンと仲良くやっているだろう。若しかしなくとも、ガールフレンドやら友達だって作っているに違いない。悔しい、悔しくて仕方がない。なんで、俺以外の親友をあいつは作るのだろう。なんで、俺の愛しい人を裏切るのだろう。
途端に怒りの炎が燃え盛る。アニーのことを思うと、あの時のダレンの表情や言葉を思い浮かべると。けれど、俺が一番最悪だってことは分かってる。世間から見たら、ダレンは正義の味方で俺は差し詰め悪魔だろう。だって、愛しい人を見捨ててしまったから。
怒りの炎と同時に俺の頬には涙が伝う。そして、意識が遠のいた。
*
あの夜、俺は家を出てた。「妊娠した」と聞いたのは直接ではなく、電話越しからだ。其の時の俺は大いに喜んだ。しかし、前々から決めていたことがあった。……それは、彼女に暴言を吐き、そのまま家を出て行くことだった。子供の頃から考え付いていたこと。だが、彼女と触れ合っていくうちに、「憎しみ」は「愛」へと変わっていった。最初はダレンと同じような表情をするアニーが憎かった。出来ればこの手で葬り去りたかった。けれど、あいつへの復讐劇がつまらないものになってしまうため、其れを避け続けてきた。しかし、今はどうだ。アニーが愛しくて、愛しくて、彼女の側にずっといたくて仕方がないのだ。
けれど、そんな愛情はあの時で終わりにした。彼女にはもっと、そう、素敵な人が現れるはずだからだ。
寒い。体の芯まで凍えそうな寒さだ。彼女は多分、俺の帰りを待ち草臥れてるであろうが、寝てしまっているであろう。キッチンで。そんな寝顔を想像したら、今から家へ向かうのが億劫になった。このまま行かずに、行方を晦ますか、それともバンパニーズに身を委ねてしまうか。それとも……俺は首を横に振り、そのまま家の中へ入った。まだ明かりがついていて、アニーらしく思わず笑ってしまった。キッチンで彼女を見た次の瞬間、俺は笑みを消失した。というよりも、冷ややかな瞳に変えた。そして、ゆっくりと彼女の目蓋にキスをし耳元で囁いた。
「やあ、アニーお早う」
彼女はそれだけで起きた。少しばかり寝惚けていたのか俺を凝視している。俺の正体が分かったのか、いきなり抱きつき「お帰りなさい」と微笑む。こんなことは予想の範疇だ。俺は優しく彼女の肩を離し、冷たい笑いをした。
アニーはこれから何が分かるか検討がついたらしく、まるで獣をみるような目で俺を見る。やめてくれ、やめてくれ。そんな声が心の中に木霊する。アニーに対してか? いや、違う。こんな俺に対してだ。
「寝心地はよかったか……? お前の夢を当ててあげようか。其れは、三人で幸せに暮らす夢。そうだろう……? アニー」
*
俺は一晩中泣き喚いた。あの時のことが悔しくて悔しくて堪らない。アニーの泣き声が耳にこびり付いている。あの時、華奢な彼女の体を抱きしめる事だってできた。なのに、なのに……。
憎むべきは相手、そうダレン。ダレン・シャンだ。あいつが裏切らなければアニーだって俺だって幸せになれたんだ。
「C'est encore demain」
彼女は寝息で言っていたような気がする。誰に対して言ってたのだろう。昔の級友か? それとも、ダレンか。いや……俺に対してだろう。彼女はきっと薄らでも分かっていただろう。
さよなら……愛すべき人。
fin
俺は今更ながら後悔をしている。彼女と付き合ってしまったことや、彼女を愛してしまったこと。裏切ったこと。そして、幸せにしてやれなかったこと。自分への苛立ちが日に日に増していっているような気がする。頭に手を当てると、知恵熱を出しているようで熱い。
けれど、仕事をさぼっているように見えてしまう(何時もの俺の態度は不真面目だから)ので、ガネンに頼んだ。
「熱出たっぽいから体温計ないか?」
「……スティーブ、いつまで貴女はそうやって駄々を……」
「あー、すみませんっ。もうアニーのことは忘れますっ」
こいつに懇願したのが悪かったと思い、俺はすぐさま踵を返した。俺は子供の頃から変わっていない。我儘で自己中心的で直ぐに嫉妬の炎を燃やして、自分も相手も傷つけてしまう。そんなの重々分かっている癖に、ブレーキがかからない。
けど、ブレーキがかからなくなったのは、ダレンのせいだと感じている。あいつは俺以上に他人を裏切った。今だってアニーに何も打ち明けずに、バー・ホーストンと仲良くやっているだろう。若しかしなくとも、ガールフレンドやら友達だって作っているに違いない。悔しい、悔しくて仕方がない。なんで、俺以外の親友をあいつは作るのだろう。なんで、俺の愛しい人を裏切るのだろう。
途端に怒りの炎が燃え盛る。アニーのことを思うと、あの時のダレンの表情や言葉を思い浮かべると。けれど、俺が一番最悪だってことは分かってる。世間から見たら、ダレンは正義の味方で俺は差し詰め悪魔だろう。だって、愛しい人を見捨ててしまったから。
怒りの炎と同時に俺の頬には涙が伝う。そして、意識が遠のいた。
*
あの夜、俺は家を出てた。「妊娠した」と聞いたのは直接ではなく、電話越しからだ。其の時の俺は大いに喜んだ。しかし、前々から決めていたことがあった。……それは、彼女に暴言を吐き、そのまま家を出て行くことだった。子供の頃から考え付いていたこと。だが、彼女と触れ合っていくうちに、「憎しみ」は「愛」へと変わっていった。最初はダレンと同じような表情をするアニーが憎かった。出来ればこの手で葬り去りたかった。けれど、あいつへの復讐劇がつまらないものになってしまうため、其れを避け続けてきた。しかし、今はどうだ。アニーが愛しくて、愛しくて、彼女の側にずっといたくて仕方がないのだ。
けれど、そんな愛情はあの時で終わりにした。彼女にはもっと、そう、素敵な人が現れるはずだからだ。
寒い。体の芯まで凍えそうな寒さだ。彼女は多分、俺の帰りを待ち草臥れてるであろうが、寝てしまっているであろう。キッチンで。そんな寝顔を想像したら、今から家へ向かうのが億劫になった。このまま行かずに、行方を晦ますか、それともバンパニーズに身を委ねてしまうか。それとも……俺は首を横に振り、そのまま家の中へ入った。まだ明かりがついていて、アニーらしく思わず笑ってしまった。キッチンで彼女を見た次の瞬間、俺は笑みを消失した。というよりも、冷ややかな瞳に変えた。そして、ゆっくりと彼女の目蓋にキスをし耳元で囁いた。
「やあ、アニーお早う」
彼女はそれだけで起きた。少しばかり寝惚けていたのか俺を凝視している。俺の正体が分かったのか、いきなり抱きつき「お帰りなさい」と微笑む。こんなことは予想の範疇だ。俺は優しく彼女の肩を離し、冷たい笑いをした。
アニーはこれから何が分かるか検討がついたらしく、まるで獣をみるような目で俺を見る。やめてくれ、やめてくれ。そんな声が心の中に木霊する。アニーに対してか? いや、違う。こんな俺に対してだ。
「寝心地はよかったか……? お前の夢を当ててあげようか。其れは、三人で幸せに暮らす夢。そうだろう……? アニー」
*
俺は一晩中泣き喚いた。あの時のことが悔しくて悔しくて堪らない。アニーの泣き声が耳にこびり付いている。あの時、華奢な彼女の体を抱きしめる事だってできた。なのに、なのに……。
憎むべきは相手、そうダレン。ダレン・シャンだ。あいつが裏切らなければアニーだって俺だって幸せになれたんだ。
「C'est encore demain」
彼女は寝息で言っていたような気がする。誰に対して言ってたのだろう。昔の級友か? それとも、ダレンか。いや……俺に対してだろう。彼女はきっと薄らでも分かっていただろう。
さよなら……愛すべき人。
fin
家庭教師は幼馴染
アニー・シャンは横で勉学をしているスティーブ・レナードのことをじっと見つめ続けている。彼女が自分から誘ったわけなのだが全く手につかない状態であった。高校生というものは非常に勉強が難しいため、成績優秀のスティーブに見て貰うことになったのだ。しかし、彼は自分のことばかりしか見えていなく、本来の目的と言うのを忘れていた。アニーは今すぐにでも机を揺らして怒鳴りたかったが、此処は図書館と言う公共の場であって騒ぐ場所ではない、と言うのも分かっている。なので心の中で呪詛のように文句を唱えているわけだ。
そんな視線にも気づかずに、スティーブは似合わない眼鏡なんてものを掛けている。普段は掛けないのだが視力が悪いため、勉強の時は掛けざるを得ないらしい。彼は格好悪いと言っているがアニーはそんなスティーブも好きらしい。口では直接いえないため、彼女は毎日悔やんでいるらしい。
頬を膨らませていると急に彼は立ち上がった。ノートも閉じられており、之は終わったなと察した。彼は眼鏡を外して何かを思い出したかのようにもう一度座る。そして、頬杖をついた。何かと思うと彼は眉を顰めてアニーの手前にある教科書をゆっくりと開いた。
「勉強するんだろ。てってーてきに教えてやると言っただろ」
「あ、うん、そ、そだね」
そうして、彼の猛特訓が始った。最初は訳の分からない言葉が陳腐していたが繰り返し低い甘い声で呟かれると段々と分かってきた。意欲も湧いてきて止まりがちだった手もすらりと書いていける。アニーは勉強の楽しさ、と言うのを小学校以来に感じていなかった。しかし、今なら感じられる。難しい問題を解くと爽快感が更に増す。
彼等は図書館がしまる頃まで共に勉強していた。アニーの脳内はすっきりしており、出てくる頃には笑顔満点であった。だが、スティーブは相変わらず無関心そうな無愛想な出で立ちで歩いている。アニーはそんな彼に気づいたのか下から上目遣いで覗いてみた。すると、彼は顔を真っ赤に染め上げて闇色に染まってしまった空を見つめた。
「寒い、ね」
アニーは咄嗟に呟いた。このまま、あの人を思い出して欲しくなかったのだ。スティーブはゆっくりと頷いた。そして、悴んでいるアニーの手を優しく包み込んだ。
「真っ赤だな。お前の掌」
「スティーブの顔よりはマシ」
「……っせー」
街路樹は既に枯れている。もうすぐで冬が訪れると言うことをそれらは示していた。家が近づいてくる頃になると、アニーの胸は途端に苦しくなる。ずっとずっと、昔から好きだった。そんな思いが今日ばかりは込み上げてくる。
目の前に家が差し掛かった。中は温かそうでいい香りも漂っていて安息の場所だと言うことを示している。しかし、彼女は辿りつきたくなかった。大切なことを彼に伝えないとこの先伝えられないような気がしたからである。スティーブは「じゃあな」といい頭を撫でてくる。目頭が熱くなったが必死に堪え、振り返った背中に涙声で叫んだ。
「好きっ。ずっとずっと昔から……好きだったの」
鼻のてっぺんは真っ赤で白い吐息が溢れ出している。小学校の時に言われた「髪を下ろした方が可愛いよ」。中学校の時に言われた「自分を認めろよ」。そして、今はアニーがスティーブに何かを伝える番だった。
スティーブは最初は戸惑っていたが徐々に微笑を浮かべていく。離れていた距離も徐々に近づいていく。そうして、アニーはスティーブの胸の中にしっかりと抱かれていた。背中まで伸びきった髪を優しく撫ぜる。そうして、耳元でしっかりと聞こえた言葉。アニーは一気に心拍数が上がった。
「俺も好きだった。お前のこと」
まるで其れは、魔法の呪文のように心の奥底に響いた。
天使と悪魔が交差しているようにゆっくりと。
そんな視線にも気づかずに、スティーブは似合わない眼鏡なんてものを掛けている。普段は掛けないのだが視力が悪いため、勉強の時は掛けざるを得ないらしい。彼は格好悪いと言っているがアニーはそんなスティーブも好きらしい。口では直接いえないため、彼女は毎日悔やんでいるらしい。
頬を膨らませていると急に彼は立ち上がった。ノートも閉じられており、之は終わったなと察した。彼は眼鏡を外して何かを思い出したかのようにもう一度座る。そして、頬杖をついた。何かと思うと彼は眉を顰めてアニーの手前にある教科書をゆっくりと開いた。
「勉強するんだろ。てってーてきに教えてやると言っただろ」
「あ、うん、そ、そだね」
そうして、彼の猛特訓が始った。最初は訳の分からない言葉が陳腐していたが繰り返し低い甘い声で呟かれると段々と分かってきた。意欲も湧いてきて止まりがちだった手もすらりと書いていける。アニーは勉強の楽しさ、と言うのを小学校以来に感じていなかった。しかし、今なら感じられる。難しい問題を解くと爽快感が更に増す。
彼等は図書館がしまる頃まで共に勉強していた。アニーの脳内はすっきりしており、出てくる頃には笑顔満点であった。だが、スティーブは相変わらず無関心そうな無愛想な出で立ちで歩いている。アニーはそんな彼に気づいたのか下から上目遣いで覗いてみた。すると、彼は顔を真っ赤に染め上げて闇色に染まってしまった空を見つめた。
「寒い、ね」
アニーは咄嗟に呟いた。このまま、あの人を思い出して欲しくなかったのだ。スティーブはゆっくりと頷いた。そして、悴んでいるアニーの手を優しく包み込んだ。
「真っ赤だな。お前の掌」
「スティーブの顔よりはマシ」
「……っせー」
街路樹は既に枯れている。もうすぐで冬が訪れると言うことをそれらは示していた。家が近づいてくる頃になると、アニーの胸は途端に苦しくなる。ずっとずっと、昔から好きだった。そんな思いが今日ばかりは込み上げてくる。
目の前に家が差し掛かった。中は温かそうでいい香りも漂っていて安息の場所だと言うことを示している。しかし、彼女は辿りつきたくなかった。大切なことを彼に伝えないとこの先伝えられないような気がしたからである。スティーブは「じゃあな」といい頭を撫でてくる。目頭が熱くなったが必死に堪え、振り返った背中に涙声で叫んだ。
「好きっ。ずっとずっと昔から……好きだったの」
鼻のてっぺんは真っ赤で白い吐息が溢れ出している。小学校の時に言われた「髪を下ろした方が可愛いよ」。中学校の時に言われた「自分を認めろよ」。そして、今はアニーがスティーブに何かを伝える番だった。
スティーブは最初は戸惑っていたが徐々に微笑を浮かべていく。離れていた距離も徐々に近づいていく。そうして、アニーはスティーブの胸の中にしっかりと抱かれていた。背中まで伸びきった髪を優しく撫ぜる。そうして、耳元でしっかりと聞こえた言葉。アニーは一気に心拍数が上がった。
「俺も好きだった。お前のこと」
まるで其れは、魔法の呪文のように心の奥底に響いた。
天使と悪魔が交差しているようにゆっくりと。
素晴らしき愛の考察
「ねえねえ、スティーブ。あたし達、何ヶ月付き合ったと思う?」
可憐なおさげを振り回しながら、俺の彼女アニーは顔を突き出して尋ねる。俺と言えば、あの時と変わらずにオカルト本を見ており詰まらない男と称されても仕方がないが、彼女はそんな俺に積極的に話しかけてくる。初めは少しうざったかったが、今となっては其れまでも愛らしく思えてくる頃だ。
俺はそんなアニーに対して意地悪をしたくなった。期待と不安で一杯な胸。きっと高鳴っているだろう。しかし、其の気持ちをぐちゃぐちゃに壊したくなってきた。猟奇的な人格が露になった瞬間だ。
「さーな。其れよりも、もっと愛を確かめ合わないか?」
「そ、それって……?」
「こーいうこと」
といい、無理矢理に彼女の唇を奪い去りソファの上に押し倒す。ふわふわのソファにしたので余り衝撃はなかったようだが、彼女の顔には不安が滲み出ていた。普段の理性のある俺だったら此処で高笑いをして止めていただろうが、今の理性がない俺はもっと彼女の全てを知りたかった。やめて、という悲痛な叫び声を出している彼女にも気を留めず、俺は思うが儘にアニーの全てを奪った。
気づいたらもう深い夜は過ぎ去っていた。アニーはすやすやと心地の良い寝息を立てている。髪を下ろした姿は何者にも勝てないような美貌で溢れていた。長い睫毛も白い肌も細い手足も何もかも全て俺の者のように思えた。
俺の中の獣はやっと去ってくれたらしい。微笑ましい気持ちが溢れかえってきた。俺はふうっと溜め息をつき、アニーの頬に柔らかい口付けをする。彼女は起きてはいないが少しくすぐったいような素振りをした。また獣が復活しそうになったがちゃんと抑える。窓を見ると朝日はもう直ぐ出掛かっていた。白いカーテンさえも透き通るほどの、真っ赤で壮大な太陽。また楽しい一日が始る、そんな気持ちが溢れてきた。
そうして、もう一度アニーを見る。すると、俺の脳裏にはダレン・シャンの姿が思い浮かんだ。だが、其れを直ぐに振り払い真っ裸だったので近くにあった衣類を着用した。
「そういえば、付き合って二ヶ月だったけか……」
アニーの両親も心配しているだろうし、俺は早速キッチンへ向かい朝食を作ることにした。
アニーの大好きなスクランブルエッグにしようか、それとも昨日の残りの……。昨日のことは謝らなくてはいけない。冷蔵庫を見ながら落胆した俺はとある物が目に入った。其れはとても懐かしいもので、今すぐにでも地面に叩きつけて壊したかったが直ぐに目を反らした。
また、こうした億劫な日々が続く。そう考えるとダレンの血を見たい。アニーの笑顔を思い浮かべてもやるせない気持ちが広がる。やはり、俺はバケモノで悪魔でどうしようもない人間だ。
起きてきて欲しくない、今は。
可憐なおさげを振り回しながら、俺の彼女アニーは顔を突き出して尋ねる。俺と言えば、あの時と変わらずにオカルト本を見ており詰まらない男と称されても仕方がないが、彼女はそんな俺に積極的に話しかけてくる。初めは少しうざったかったが、今となっては其れまでも愛らしく思えてくる頃だ。
俺はそんなアニーに対して意地悪をしたくなった。期待と不安で一杯な胸。きっと高鳴っているだろう。しかし、其の気持ちをぐちゃぐちゃに壊したくなってきた。猟奇的な人格が露になった瞬間だ。
「さーな。其れよりも、もっと愛を確かめ合わないか?」
「そ、それって……?」
「こーいうこと」
といい、無理矢理に彼女の唇を奪い去りソファの上に押し倒す。ふわふわのソファにしたので余り衝撃はなかったようだが、彼女の顔には不安が滲み出ていた。普段の理性のある俺だったら此処で高笑いをして止めていただろうが、今の理性がない俺はもっと彼女の全てを知りたかった。やめて、という悲痛な叫び声を出している彼女にも気を留めず、俺は思うが儘にアニーの全てを奪った。
気づいたらもう深い夜は過ぎ去っていた。アニーはすやすやと心地の良い寝息を立てている。髪を下ろした姿は何者にも勝てないような美貌で溢れていた。長い睫毛も白い肌も細い手足も何もかも全て俺の者のように思えた。
俺の中の獣はやっと去ってくれたらしい。微笑ましい気持ちが溢れかえってきた。俺はふうっと溜め息をつき、アニーの頬に柔らかい口付けをする。彼女は起きてはいないが少しくすぐったいような素振りをした。また獣が復活しそうになったがちゃんと抑える。窓を見ると朝日はもう直ぐ出掛かっていた。白いカーテンさえも透き通るほどの、真っ赤で壮大な太陽。また楽しい一日が始る、そんな気持ちが溢れてきた。
そうして、もう一度アニーを見る。すると、俺の脳裏にはダレン・シャンの姿が思い浮かんだ。だが、其れを直ぐに振り払い真っ裸だったので近くにあった衣類を着用した。
「そういえば、付き合って二ヶ月だったけか……」
アニーの両親も心配しているだろうし、俺は早速キッチンへ向かい朝食を作ることにした。
アニーの大好きなスクランブルエッグにしようか、それとも昨日の残りの……。昨日のことは謝らなくてはいけない。冷蔵庫を見ながら落胆した俺はとある物が目に入った。其れはとても懐かしいもので、今すぐにでも地面に叩きつけて壊したかったが直ぐに目を反らした。
また、こうした億劫な日々が続く。そう考えるとダレンの血を見たい。アニーの笑顔を思い浮かべてもやるせない気持ちが広がる。やはり、俺はバケモノで悪魔でどうしようもない人間だ。
起きてきて欲しくない、今は。
やわらかいとげ
華は美しく棘がある方が適している。いわば、今僕の隣に座っている彼女なんて正にそうである。外見は美しいのに心の中は真っ黒で誰も信用していない。そんなところが愛らしくていつの間にか愛してしまったのだ。たとえ、君が僕のことを好きじゃなくとも僕はずっと君の事を愛し続けるよ。
大きな瞳を開けると君は僕の名前をゆったりと心地よく呼ぶ。
「エブラぁー」
彼女は昨夜、ウイスキーを飲んで倒れてしまった。
大人の付き合いしてよ、と突然言われた僕は不覚にもやましいことを考えてしまったが、彼女は大きな酒のボトルを取り出したのである。彼女は二十歳をとうに過ぎている。僕も過ぎているが酒は滅法弱く、シルクドフリークというサーカスからも禁止令を出されていた。しかし、今の彼女に対して断る権限は僕にはない。だから、弱くても儚くても何が何でも僕は飲んでみせた。すると彼女は笑顔で拍手をしている。
莫迦だ、とか罵られても彼女の笑顔が好きなのだから仕方ないじゃないか。
ずっとずっと一緒に入れたらいい。そんな願いは直ぐに吹き飛ばされてしまったけれど。