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思い出話をひとつ
微風が赤髪の青年、ゼロス・ワイルダーを包み込む。彼は端正な顔立ちをしつつも喋ると滑稽な人格に変わり、仲間からは「喋ると三枚目」という不名誉な称号をつけられている。そんな女好きな彼はただ一人の女に、ただいま恋をしている。その女性は今、目の前で仲良く遊んでいるのだ。ゼロスに見せたことのない満面の笑みを浮かべながら、金髪の少女、コレット・ブルーネルとロイド・アーヴィングという茶髪の赤い服に身を纏った二人と遊んでいる。
その、ゼロスが好きなお相手は藤林しいな。スタイルも良く顔立ちもゼロスほどではないが整っている。まず街中で可愛いか綺麗かと聞いたら、綺麗と答える人が多いだろう。そんな彼女に、ゼロスはずっと恋をしていた。
彼は大きい溜め息をつきながら赤く長ったらしい髪を艶やかに掻き分け、退屈そうに呟いた。
「俺様だって、つまらなくはねーのに」
彼の呟きは微風によって飲み込まれた。彼は木に寄りかかり、そのまましゃがんだ。そして、静かに瞳を閉じると直ぐに夢の中へ落ちてしまった。
草原が広がっている。辺りには数々の木々が聳え立っており、幼いゼロスは幼いしいなに手をとられて共に走っている。しいなは今のような胸元が強調される色っぽい着物ではなく、忍者が着るような黒い服に身を包んでいた。ゼロスはというと、その長ったらしい髪を三つ網にしており、貴族の中の貴族といった感じの服を着ている。
その姿は二人とも今とは対照的だ。ゼロスは意気を荒げながら、まだまだ余裕の表情をしているくのいちのしいなに語りかける。
「な、なあしいな。俺達は何処に向かってるんだよ。もう教えてくれても……」
「まだだめ!」
しどろもどろな感じで言ったゼロスの言葉を容易く跳ね除ける。ゼロスの口調は今とは全く違う真面目そうで爽やかな少年の口振りだった。多分、女とか男とか、この頃の彼には関係ないだろう。
先程まで笑顔だったしいなの顔も段々と坂や段差が険しくなってきて歪んでいる。ゼロスは今にも気絶しそうな勢いだったが、それよりもしいなの腕力には敵わない。彼としては気絶をして、こんな危険な山道を今すぐにでも抜け出したかった。しかし、彼女の必死の形相を見ていると、ゼロスは今やめても仕方ないことを察し同じように彼女の手首を掴んだ。
やっとのことで山頂に着いた。が、ゼロスはもうヘロヘロでこれ以上は無理といった感じだった。しかし、しいなは清清しい笑みで此方を向いている。あちらこちらに汗を掻きながらも。
ゼロスは笑われたのかと思い、顔を真っ赤にさせ興奮気味に叫んだ。
「な、何だよ。そんなに俺の顔が変だっていうのか」
頬をぷっくりと膨らませながら口を尖がらせ、駄々っ子の幼稚園児のような口振りで言い放った。しいなは先程以上に笑い始め、挙句の果てにはお腹まで抱えだした。
ゼロスの心は怒りしかない。彼女に怒鳴り散らそう、そう思ったときゼロスの瞳には美しい夕陽があった。
「ハッピーバースデー。ゼロス・ワイルダーっ。そして、これからもよろしくね。立派な十四歳」
ゼロスは夕陽をバックに笑う彼女が単純に可愛いと思った。思わず抱きしめてしまうところだったが、理性を保ち「有難う」と呟いた。しかし、その呟きは耳に入らなかったらしく「何々?」と必要以上に聞いてくる。
彼は鬱陶しいと思ったのか、はたまたまたもや可愛いと思って理性が抑えきれなくなったのかは不明だがいきなり彼女へ駆け寄り頬にキスをした。
「うっせーんだよ。ったく、大事な俺の誕生日壊しやがって、この餓鬼が」
「なっ、なんだよロリコンっ。ゼロスの方があたしの誕生日壊しまくりじゃないかっ」
二人の痴話喧嘩が山道に響き渡る。
ゼロスはこのとき、気づいた。自分はしいなのことを愛している、と。
瞳に涙を浮かべながらゼロスは太陽の眩しさに瞳を瞑った。もう一度瞳を開けると、其処にはコレットが心配そうに彼の顔を覗き込んでいた。
「大丈夫? 悪い夢でも見たの?」
ゼロスは涙を拭きながら微笑を浮かべる。そして、絹糸のような彼女の金髪を手に取り、その髪に口付けをした。
「何でもないよ」
それならよかった、という風にコレットは微笑んだ。そして、もう一度立ち上がり、ロイド達の方に行こうと走った途端、彼女は転んだ。しかし、苦笑いをしながらも立ち上がり、必死に彼等の元に向かっている。
しいなをちらりと見るとじっと彼の方を見ていた。ので、厭らしく笑いかけると不意に顔をそらされてしまう。
「ぬは、俺様ショックー」
――でも、誰よりも好きなんだよな。
fin
その、ゼロスが好きなお相手は藤林しいな。スタイルも良く顔立ちもゼロスほどではないが整っている。まず街中で可愛いか綺麗かと聞いたら、綺麗と答える人が多いだろう。そんな彼女に、ゼロスはずっと恋をしていた。
彼は大きい溜め息をつきながら赤く長ったらしい髪を艶やかに掻き分け、退屈そうに呟いた。
「俺様だって、つまらなくはねーのに」
彼の呟きは微風によって飲み込まれた。彼は木に寄りかかり、そのまましゃがんだ。そして、静かに瞳を閉じると直ぐに夢の中へ落ちてしまった。
草原が広がっている。辺りには数々の木々が聳え立っており、幼いゼロスは幼いしいなに手をとられて共に走っている。しいなは今のような胸元が強調される色っぽい着物ではなく、忍者が着るような黒い服に身を包んでいた。ゼロスはというと、その長ったらしい髪を三つ網にしており、貴族の中の貴族といった感じの服を着ている。
その姿は二人とも今とは対照的だ。ゼロスは意気を荒げながら、まだまだ余裕の表情をしているくのいちのしいなに語りかける。
「な、なあしいな。俺達は何処に向かってるんだよ。もう教えてくれても……」
「まだだめ!」
しどろもどろな感じで言ったゼロスの言葉を容易く跳ね除ける。ゼロスの口調は今とは全く違う真面目そうで爽やかな少年の口振りだった。多分、女とか男とか、この頃の彼には関係ないだろう。
先程まで笑顔だったしいなの顔も段々と坂や段差が険しくなってきて歪んでいる。ゼロスは今にも気絶しそうな勢いだったが、それよりもしいなの腕力には敵わない。彼としては気絶をして、こんな危険な山道を今すぐにでも抜け出したかった。しかし、彼女の必死の形相を見ていると、ゼロスは今やめても仕方ないことを察し同じように彼女の手首を掴んだ。
やっとのことで山頂に着いた。が、ゼロスはもうヘロヘロでこれ以上は無理といった感じだった。しかし、しいなは清清しい笑みで此方を向いている。あちらこちらに汗を掻きながらも。
ゼロスは笑われたのかと思い、顔を真っ赤にさせ興奮気味に叫んだ。
「な、何だよ。そんなに俺の顔が変だっていうのか」
頬をぷっくりと膨らませながら口を尖がらせ、駄々っ子の幼稚園児のような口振りで言い放った。しいなは先程以上に笑い始め、挙句の果てにはお腹まで抱えだした。
ゼロスの心は怒りしかない。彼女に怒鳴り散らそう、そう思ったときゼロスの瞳には美しい夕陽があった。
「ハッピーバースデー。ゼロス・ワイルダーっ。そして、これからもよろしくね。立派な十四歳」
ゼロスは夕陽をバックに笑う彼女が単純に可愛いと思った。思わず抱きしめてしまうところだったが、理性を保ち「有難う」と呟いた。しかし、その呟きは耳に入らなかったらしく「何々?」と必要以上に聞いてくる。
彼は鬱陶しいと思ったのか、はたまたまたもや可愛いと思って理性が抑えきれなくなったのかは不明だがいきなり彼女へ駆け寄り頬にキスをした。
「うっせーんだよ。ったく、大事な俺の誕生日壊しやがって、この餓鬼が」
「なっ、なんだよロリコンっ。ゼロスの方があたしの誕生日壊しまくりじゃないかっ」
二人の痴話喧嘩が山道に響き渡る。
ゼロスはこのとき、気づいた。自分はしいなのことを愛している、と。
瞳に涙を浮かべながらゼロスは太陽の眩しさに瞳を瞑った。もう一度瞳を開けると、其処にはコレットが心配そうに彼の顔を覗き込んでいた。
「大丈夫? 悪い夢でも見たの?」
ゼロスは涙を拭きながら微笑を浮かべる。そして、絹糸のような彼女の金髪を手に取り、その髪に口付けをした。
「何でもないよ」
それならよかった、という風にコレットは微笑んだ。そして、もう一度立ち上がり、ロイド達の方に行こうと走った途端、彼女は転んだ。しかし、苦笑いをしながらも立ち上がり、必死に彼等の元に向かっている。
しいなをちらりと見るとじっと彼の方を見ていた。ので、厭らしく笑いかけると不意に顔をそらされてしまう。
「ぬは、俺様ショックー」
――でも、誰よりも好きなんだよな。
fin
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叫んでも流れる雲は掴めなくて
「こんなよわっちいモンスターなんてあたし一人でも倒せるよ」
「ちょ、馬鹿しいなっ。突っ込むんじゃねえよ」
符術士の藤林しいなは隣で背中合わせで戦闘をしていたゼロス・ワイルダーの声が届かなかった。普段通りの彼女なら容易く倒せただろうが、今のしいなは足首を先程の戦闘で少しいためてしまったのだ。リフィル・セイジの回復術で治してもらったが、彼女の細い足首はやはりまだ負荷がかかっている。だが、しいなは皆を心配させたくないのか笑って痛みを堪えている。
敵に向かっていくしいなだが、其の足は縺れてしまい其の儘転げてしまった。敵は闘争心を剥き出しにして衝突してこようとしている。逃げようと立ち上がったがもう時は既に遅し。モンスターは彼女の目の前まで差し掛かってきてしまった。唇を噛み締めて瞳を閉じる。だが、痛みは何処にも生じていない。
不思議に思い目蓋を開けると其処には頭から少量だが血を流しているゼロスの姿があった。彼は「ててて」と無傷な尻を摩りながら起きだす。彼が眺めている先では小柄な少女、プレセアと十七歳の少年ロイド・アーヴィングが戦っていた。彼等はこの状況には気づいていないらしく、先程衝突してきた敵を倒している最中だった。
しいなは自分が恥ずかしくて堪らなくなった。耳まで顔を真っ赤に染めて小さく「御免なさい」と呟いた。ゼロスは聞こえていないようで未だ戦っている二人を見つめている。やがて、刃が敵を切り裂く音は消えいつものような能天気なロイドの声が聞こえてきた。ゼロスは其の姿を見届け、地面に座っているしいなと目線を同じくするようにしゃがみ込んだ。そして、優しく彼女を包み込んだ。
「ばーか。謝るのは俺じゃないだろ。あいつらだ。其れにお前のお茶目っぷりは小さい頃からカヴァーしてやったしな。ま、痛かったらまずおれに言え、な」
と抱きついていた腕を緩めて体を優しく離し、胸の辺りを親指で指す。しいなは瞳に涙をためながらかすれた声で「うん」と頷いた。仲間が此方の方へ向かってくる。コレットやジーニアスの心配そうな顔。ロイドの満足げな顔。リフィルは少し怒っているかのようにも伺える。
ゼロスはしいなの手を引いて体を起こし、小さな背中をぽんっと優しく押し出した。しいなはいつの間にか自分より背が高くなったゼロスに見惚れたが直ぐに仲間の方へ歩みだした。しいなはこっ酷くリフィルに怒られたり、ジーニアスに「ばっかじゃないのー」と罵られたりした。
微風が吹く。ゼロスは瞳を細めて彼等のじゃれあいを眺めていた。其の瞳に映ったのは顔を赤らめて楽しそうにロイドと話しているしいなの姿だった。
「泣きたいのは俺様なのになー」
彼の呟きはどこかにかき消されて其の儘流されていった。
「ちょ、馬鹿しいなっ。突っ込むんじゃねえよ」
符術士の藤林しいなは隣で背中合わせで戦闘をしていたゼロス・ワイルダーの声が届かなかった。普段通りの彼女なら容易く倒せただろうが、今のしいなは足首を先程の戦闘で少しいためてしまったのだ。リフィル・セイジの回復術で治してもらったが、彼女の細い足首はやはりまだ負荷がかかっている。だが、しいなは皆を心配させたくないのか笑って痛みを堪えている。
敵に向かっていくしいなだが、其の足は縺れてしまい其の儘転げてしまった。敵は闘争心を剥き出しにして衝突してこようとしている。逃げようと立ち上がったがもう時は既に遅し。モンスターは彼女の目の前まで差し掛かってきてしまった。唇を噛み締めて瞳を閉じる。だが、痛みは何処にも生じていない。
不思議に思い目蓋を開けると其処には頭から少量だが血を流しているゼロスの姿があった。彼は「ててて」と無傷な尻を摩りながら起きだす。彼が眺めている先では小柄な少女、プレセアと十七歳の少年ロイド・アーヴィングが戦っていた。彼等はこの状況には気づいていないらしく、先程衝突してきた敵を倒している最中だった。
しいなは自分が恥ずかしくて堪らなくなった。耳まで顔を真っ赤に染めて小さく「御免なさい」と呟いた。ゼロスは聞こえていないようで未だ戦っている二人を見つめている。やがて、刃が敵を切り裂く音は消えいつものような能天気なロイドの声が聞こえてきた。ゼロスは其の姿を見届け、地面に座っているしいなと目線を同じくするようにしゃがみ込んだ。そして、優しく彼女を包み込んだ。
「ばーか。謝るのは俺じゃないだろ。あいつらだ。其れにお前のお茶目っぷりは小さい頃からカヴァーしてやったしな。ま、痛かったらまずおれに言え、な」
と抱きついていた腕を緩めて体を優しく離し、胸の辺りを親指で指す。しいなは瞳に涙をためながらかすれた声で「うん」と頷いた。仲間が此方の方へ向かってくる。コレットやジーニアスの心配そうな顔。ロイドの満足げな顔。リフィルは少し怒っているかのようにも伺える。
ゼロスはしいなの手を引いて体を起こし、小さな背中をぽんっと優しく押し出した。しいなはいつの間にか自分より背が高くなったゼロスに見惚れたが直ぐに仲間の方へ歩みだした。しいなはこっ酷くリフィルに怒られたり、ジーニアスに「ばっかじゃないのー」と罵られたりした。
微風が吹く。ゼロスは瞳を細めて彼等のじゃれあいを眺めていた。其の瞳に映ったのは顔を赤らめて楽しそうにロイドと話しているしいなの姿だった。
「泣きたいのは俺様なのになー」
彼の呟きはどこかにかき消されて其の儘流されていった。